第一話 最凶魔剣
最初に言っておいてやろう。オレさまは魔界最凶の魔王ラハールさまだ!
後にも先にも、オレさま以上の実力を持った悪魔など存在せん。
もちろん死んだオヤジも例外ではない。魔界を統治できた魔王はヤツだけだったらしいが、
生きていればオレさまが片手でひねり潰してやっただろう。それくらい格が違うのだ!
なのにオヤジの家臣だった悪魔どもときたら、オレさまではオヤジの足元にも及ばんと
見下してきやがった……!
そんなヤツらを許せるわけがないだろう?
だから――
「だからって、あんなにムキになることないじゃないですか! 抵抗しなくなった悪魔さんに剣が折れるまで
攻撃するなんて酷すぎます!」
玉座でふんぞり返ったオレさまに向かって、口やかましいフロンが声を上げた。
赤いレオタードに純白のケープをまとった姿。腰まである金髪ロングヘア。その頭頂部には
バニーのような赤いリボンを生やしている。
天使だったコイツが堕天使になって以来、魔王城に居候させているが、今みたいな生意気な
小言が多くて正直面倒くさい。
「うるさい。オレさまの力を見くびっていたから、徹底的に思い知らせてやったまでだ。これ
でヤツらも、おとなしくオレさまの言うことを聞くようになるだろう」
「そうですかね? あれじゃあ恨みを買って、逆効果だと思いますけど?」
フロンの隣にいたエトナがすまし顔で言った。ムダに露出度が高いこの女は、オレさまの家
来だ。そのクセ、態度はいつも反抗的。いつか立場をわからせてやらねばならんな。
「フン! 歯向かうようなら、何度でもぶちのめしてやる」
「ダメです! ラハールさんは魔王なんですから、もっと愛をもって悪魔さんと接しないといけません!」
元天使で愛マニアのフロンが、すかさず反論してくる。
「愛とか言うな! うおぉ……背中がムズムズする!」
オレさまは『愛』だとか『優しさ』だとか、前向きな言葉が大嫌いだ。聞くだけでも悪寒が走る。
話の流れが嫌な方向に転がる前に、オレさまは玉座から腰を上げた。
「それより新しい剣が必要だ」
使い古した剣は真っ二つに折れてしまった。並みの悪魔相手なら素手でも十分戦えるが、
扱い慣れた剣がないと、何となく落ち着かない。
そんなオレさまを見て、フロンはやれやれと肩を落していた。
「もう暴力を振るっちゃいけませんよ……? それじゃ武器屋さんに行きますか?」
「うむ。では武器屋を襲撃しに行くぞ」
「どうしてそうなるんですか! お金はあるんですから、買えばいいじゃないですか!」
またプリプリ怒り出すフロン。まったく、この堕天使は何もわかっていない。
「オレさまの小遣いは趣味と娯楽に使うと決めているのだ」
そもそも魔王であるオレさまが、なぜ金を払って武器を買わねばならんのだ?
たかだか剣の一本や二本、ありがたく献上しろと言いたい。
盛大に溜息を吐いたフロンは、黙って様子を見ていたエトナに向き直った。
「エトナさんは剣とか持っていないんですか? 余っていたら、ラハールさんに譲ってあげてくださいよ」
「なんで?」
「いや、だって、エトナさんはラハールさんの家来じゃないですか?」
「悪いけど、あたしってそういう肩書きには縛られない女だから」
「むむ……ちょっとカッコイイ」
どこがだ。つーかコイツ、本当に家来の自覚あるのか?
もともとエトナに期待などしていなかったが、こういう態度は見過ごしておけん。
そう思って声を上げようとしたところで、エトナが何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ。噂に聞いたことがあるんですけど、クリチェフスコイさまでも使いこなせなかった魔剣が
魔王城のどこかに眠っているらしいですよ?」
なに?
「オヤジが使いこなせなかった魔剣だと?」
「ええ、なんでも一度鞘から抜けば、どんな悪魔も尻尾を巻いて逃げるっていう逸話まであるくらい
怖ろしい剣らしいです」
何だかウソくさいが、もし存在するなら是が非でも手に入れたい。その剣を扱えれば、
オヤジを超えた証になるはずだ。
「よし、プリニーどもを呼べ! 魔剣とやらを探し出すぞ!」
※ ※ ※
「これがオヤジでも使いこなせなかった魔剣か……」
数十分後、オレさまの手には一振りの大剣が収まっていた。魔剣という割には飾り気もなく、
武器屋の売れ残りだと言われても納得しそうな感じだ。
「意外とすんなり見つかりましたね。どこにあったんですか?」
「クリチェフスコイさまの寝室のベッドの下らしいわよ」
「なるほど、男の方がブツを隠すところといえば、そこしかありませんよね!」
ツッコミどころ満載だが、ともあれオヤジが大切にしていたことはわかる。
「クックックッ……オレさまがこの魔剣を使いこなしてやる。オヤジ以上の魔王だということを
証明してやるぞ!」
そう言って、オレさまは勢いよく剣を抜いた。
むわわわ~~ん……
な、なんだ?
一気に目の前が黄土色に染まっていく。
「ぐおおッ!? なんだこのニオイはッ! 臭いってレベルじゃねーぞ!」
「ラハールさん! はやく、剣を収めてください!」
フロンの叫びより早く、オレさまは刀身を鞘に戻したが、もう遅かった。
エトナもフロンもぴくぴくと痙攣しながら昏倒している。
抜いただけでどんな悪魔も逃げる剣――そりゃこんだけクサいなら逃げるだろうな!
「こんなの魔剣じゃねーよ、クソオヤジ……」
薄れる意識の中で、憎たらしいオヤジの顔が浮かんで消えた。