あたしはエトナ。魔界一のセクシー美少女悪魔っていうのは、あたしのことよ。
今は謁見の間にある玉座の後ろに隠れてるところ。ちゃんと槍も持ってきたから、準備は万全。今日という今日は、あの魔王ヅラした生意気な殿下を始末してやるわ。
しばらくすると、何も知らない殿下がのんきにやってきた。いつものように上半身裸で赤いマフラーを巻いている。触角みたいな髪型が特徴的だ。
殿下は玉座にドカリと腰を落とすと、大きなあくびをしていた。どうやら、あたしがいることには気づいていないみたい。
よし、そんじゃサクッと殺っちゃいましょうか。
「エトナ~! 腹減ったぞ~。メシの支度をしろ~!」
うおっと!? 見つかった?
と、思ったけど、そうじゃなかった。声を上げた殿下は、だらしなく座ったままだ。
ていうか、あたしはアンタのメイドでもママでもないっつーの。
「くそっ! 何をしているのだ!」
勝手にイラついた殿下が、肘掛を叩いた勢いで立ち上がった。
チャンス!
あたしは素早く槍を構えて、その無防備な背中に刃先を当ててやった。
殿下の肩がわずかにピクリと動くのが見て取れる。
「どういうつもりだ? エトナ」
ゆっくり顔を向けてきた殿下の声は、ムカつくほど偉そうだった。もっと動揺してくれるかと思ったけど、期待はずれもいいところだわ。
「わかりませんか? 串刺しにするつもりに決まってるじゃないですか」
冷静に答えたつもりだったけど、思いのほか刺々しい口調になっていた。
「何を怒っているのだ? 納得できるように説明しろ」
「……自分の胸に手を当てて考えてみたらどうですか?」
まさか忘れたとは言わせない。アレはまだ昨晩の出来事なんだから。
でも、腕組みして首をかしげた殿下の答えは、
「心当たりがありすぎて、どれだかわからん」
こいつブチ殺す!
「あーあー、そうですか? なら思い出さなくて結構ですから、今すぐ死んでください!」
言い終わると同時に、心臓めがけて槍を突き込んでやった……はずだった。
けれど、しぶとく身体をねじった殿下に避けられてしまう。
チッ、往生際が悪い! それでも反撃の隙は与えるものか。このまま押し切る!
あたしはバックステップで離れる殿下を追って、連続の突きを放った。
「安心してください。魔王の座はこのエトナが譲り受けますから、殿下はゆっくり墓の中で眠ってくれればいいんです。どうせ、いつもほとんど寝て過ごしているんですから、大して変わりませんよね?」
「ふざけるな! 家来だと思って手を出さずにいればいい気になりおって!」
ちょこまかと逃げる殿下だったけど、そう長くは続かない。すぐに壁際まで追い詰めた。
これでようやく殺れる。
トドメの一撃を出そうとした、そのとき、
「ふんふふんふふ~ん♪ オーイェッ! 虹色戦隊! ニジレンジャー!!」
ガクッ……!
フロンちゃんが奇抜すぎる鼻歌をうたいながらやってきた。しかも微妙に音程が外れている。
能天気な堕天使は、殿下に武器を向けているあたしを見つけると、バニーみたいな赤いリボンとハート型の尻尾をピンと立てて駆け寄ってきた。……面倒な子に見つかったわ。
「ちょ、エトナさん! ケンカはやめてくださ~い!!」
元天使のこの子らしい、予想通りのセリフだ。でも、やめろと言われて引き下がれるなら、最初からこんなマネはしない。
「もう……何が原因なんですか!?」
そういや殿下もわかってなかった。あたしがここまで腹を立てている理由。
それは……。
「いいわ。知りたいなら教えてあげる……」
人差し指をビシッと殿下に向けて言ってやった。
「あたしが楽しみにしていたプリンを殿下が食べたのよ!」
………………。
ちょっとフロンちゃん。せっかく教えてあげたのに、なんでポカンとしているのよ?
それに引きかえ、殿下はふてぶてしく鼻を鳴らしていた。
「なんだ、そんなことで怒っていたのか。さっさと食わなかったお前が悪いのではないか」
「許せない。今回ばかりは堪忍袋の緒がプッチンよ。プリンだけにね!」
そう言って槍を構え直すと、我に返ったフロンちゃんが割って入ってきた。
「落ち着いてください。プリンくらいで目くじら立ててどうするんですか」
本当に邪魔な子ね……。
「止めても無駄よ。あの『フロン』って名前が書いてあったプリンは、あたしが狙っていたんだから、あたしのものなのよ!」
「……え?」
「バカめ。早い者勝ちに決まっているだろう」
「…………あれ?」
頭に疑問符を並べていたフロンちゃんが、ワナワナと震え出した。
「それ、私のプリンじゃないですかぁぁあああ~!!」